海の向こうの風景

地平の更にその海の向こうに生きて来た日々

海の外に憧れ、そこにひたすら生きて来た。五大陸、四十数ヶ国に旅し、途中、サウジアラビアと米国に約八年間住み着いたものの、年月を重ねると望郷の念、止み難し。その四十有余年を振り返り長い旅を終えることとした。

心に流れる川

川は文明を産んだ。いずれも大河である。だが大河に魅力を覚える事はあまり無い。もっともナイル川以外の大河の側に立ったことがないのだから、そう言い切ってしまうのもどうかとは思うが、兎に角、対岸が微かに遠くに見えるような川は興味がない。それに、…

地中海は棲みにくい

地中海は棲みにくい。人間の話では無い、海の生物にとっての話だ。透徹した空とその下の紺碧の海、どうして棲みにくいはずがあろう。海が澄み過ぎて棲みにくいのである。 山のミネラルを運び込む河川が少ない。だから海水が澄む。乾燥しているから沿岸に森林…

ダンスはうまく踊れない

世界には様々な民族舞踊がある。大体はどこでも観光用のショーとして鑑賞可能である。舞踊は夜が似合う。 一番驚いたのはアルゼンチンのブエノスアイレスの街路を歩いていた時のことだ。情熱的でメリハリの効いた音楽がビルの谷間に反射して響いて来た。若い…

塩野七生の恋人

イタリア、この国の見方については、完全に塩野七生に変えさせられてしまった。感化されてしまったと言うべきか。それに塩野七生には恋人が多くて羨ましい。カエサル、マキャベリ、チェーザレ・ボルジア、ロレンツォ・メディチ、その周辺にはいい男が溢れて…

トリスタンとイゾルデの国

「トリスタンとイゾルデ」、西欧ではあまりに有名な古くより伝えられる恋愛物語である。イングランド南西部のコーンウォールの騎士トリスタンとアイルランドの王女イゾルデの恋物語である。そのストーリーは説明するまでもないであろう。ただ、本文には関係…

Passport Control

入出国審査での審査官の対応に訪問国の国柄が反映される、と勝手に思い込んでいるだけかもしれないが、随分と違いがある。 当局の指示によるものか、あるいは審査官個人の性格によるものか、いずれも有り得るだろうが、その国に対する印象が随分と変わってく…

雨の情感

梅雨の季節は良し悪しである。暑熱と湿気に不快感もあるが、しとしと降る雨とそれがもたらす涼気が心を穏やかにしてくれる良さもある。そういう時は田圃の稲達までが嬉々としているように映る。蛙も一際(ひときわ)五月蠅く鳴く。これはこれで風物だ。 東南ア…

古人も多く旅に死せるあり

日が長くなり、初夏の青空とそこに浮く片雲を眺めていると無性に旅に出たくなる。若い時は必ずそうしたものだ。片雲の風に誘われて遠く見知らぬ地に何か夢を拾えるような気がしたのである。 この歳になると流石にそれを求める訳にはいかない。無論、腰も挙が…

西欧人をいじる密やかな楽しみ

フランスを書く気になれない。彼我の心理的な乖離が大き過ぎるからである。気が向いた時にしよう。 欧州にも白人と非白人地域がある。それでも相互に複雑な思いを抱いているがうまく対処している。アルプスの北は概ね白人地域と言っていいだろう。その南、あ…

ロシアより愛をこめて

ショーン・コネリーやダニエラ・ビアンキの話ではない。 ロシアはやはりビジネスで訪れる国では無い。当時はそう思った。ビジネスなんてやっている場合では無い。至る所、歴史と芸術の精が纏わりついているようで、かつ、こういうのを大国というのだろう、と…

宗教と自然観(6)リヤド徒然記 1994.02.10記

<1994年サウジアラビア駐在時の随想を原文のまま転載> アジア的自然感と中東におけるそれとでは根本的に相違があって当然と考えるが、果たしてそうなのであろうか。 アジアにおいては太平洋性気候によりもたらされる十分過ぎる降雨、それに育まれた緑豊か…

そはドイツ

“ドイツ平原”という。在職中、最も足繁く訪問した国にある。その国土は南のアルプスから北の北海、バルト海に向けてなだらかに傾斜し東西に広がっていく。広大な平地である。 北部海岸は海水面すれすれの低地で北海側の沿岸を特にワッデン海という。引き潮時…

Parkways

休日にはParkways(乗用車専用の高速道)を運転するのが好きだった。2000年台初頭の話だ。今でも緑のトンネルを潜って走り抜ける光景を思い出す。まるで映画のシーンの中にいるような感覚に浸れた。 事務所のあるマンハッタンと自宅のあるマンハッタン北部ウ…

オスマントルコの魅力

トルコは五指に入る思い出多い国である。トルコに興味を覚えたのは塩野七生の著作が発端である。「海の都の物語」に始まる。ヴェネチア(697-1797)の盛衰である。その交易の歴史である。「コンスタンテイノープルの陥落」(1453)、「ロードス島攻防記」(1…

はるかなり土漠行(5)リヤド徒然記 1994.02.03記

<1994年サウジアラビア駐在時の随想を原文のまま転載> 首都リヤドから東部アラビア湾に面するアルコバールまで車を駆って往復することしばしばであるが、片道400Km、所要3時間超の土漠行はさしも文明の利器にても疲労困憊す。道行き目を楽しませてくれるも…

中世王権社会に暮らす密かな喜び(4)リヤド徒然記 1994.01.27記

<1994年サウジアラビア駐在時の随想を原文のまま転載> 過去へのタイムマシンに乗りたければサウジアラビアへ来い、未来のタイムマシンは東京にある、と常々考えている。 サウジアラビア王(初代、第7代) この両極端を行き来する自分がSF小説の主人公の一…

教会建築に見る西欧権威主義とイスラム精神主義(3)リヤド徒然記1994.01.20記

西欧諸都市に遺る教会建築はどれをとっても荘厳にして威圧的であり、とても好きになれません。 ゴシック建築の粋なぞと賛美するような代物では決してないにもかかわらず、皆して休暇旅行の機会に訪れ、さぞや素晴らしいと嘆息し、自国の貧相な現代建築に思い…

黄金色の王城、豊穣の地 リヤド徒然記(2)1994.01.13記

<1994年サウジアラビア駐在時の随想を原文のまま転載> 火の海というべきか、黄金色の海というべきか、砂漠の上に忽然と輝き現れるリヤドの夜の俯瞰は、おそらく宇宙都市を想起するに相応しいのであろうが、むしろ歴史に燦然と足跡を残したイスラム帝国の王…

コーランの音色に魅せられて リヤド徒然記(1) 1994.01.06記

筆者は1991/6 ~ 1995/1の間、湾岸戦争終結直後よりサウジアラビアの首都リヤドに駐在した。この時に綴った随想(*)を書架の奥に放置していたことを思い出した。何分、若い頃に綴ったもので読むに堪えない部分もあるが、そのままをここに転載し、当時の日々…

伏流水 アメリカ回想(1)

2000年を迎えた時、”新世紀”に”新生活”が始まる、そう思いたかった。人の人生でそうそうあるタイミングではない。この年の6月、ニューヨークに赴任した。実際は、2000年は20世紀最後の年で、新生活は”世紀末”に始まったと言う訳だ。この一年差は微妙である。…

海の向こうの不確かな美 徒然記(1)

昔から芸術作品というものにどう接したら良いのか教えを請いたかったものだが、ついに果たせぬままである。 絵画や彫刻の類においては人一倍鑑賞下手なのである。自慢するようで嫌味かもしれないが、世界中の数々の美術館、博物館を訪れた。だが立ち尽くす…

鬼が曳く サウジアラビア回想(3)

薄汚れた手荷物一つを小脇に大事そうに抱え、安っぽい皺だらけの長袖シャツを押し込んだよれよれのズボンは腰がちぎれんばかりにベルトできつく締めつけられていて、おろおろするばかりの浅黒い肌をした痩せた少年達。スカーフで髪を深く被い隠し、他人に肌…

鬼が曳く サウジアラビア回想(2)

アラビア半島の東西の沿岸地域はいずれも冬期を除けば湿度が尋常ではなく高いが、リヤドは通年を乾燥しきって灼熱下でも汗さえ存在を許されない。極寒の極地で瞬時に水が氷るがごとく、この地では水分は瞬時に蒸発してしまう。急に息を吸い込もうなら即座に…

鬼が曳く サウジアラビア回想(1)

1990年代初頭、今日もまた善男善女が曳かれていく。 視界を遮るものとてない殺伐たる赤茶けたあるいは灰褐色の不毛の土漠の果てに、今日も一日ひたすら地表のものすべてと大気を焼き尽くしてきた白色の太陽が、漸く(ようやく)橙色に色を和らげて、地表に…