海の向こうの風景

地平の更にその海の向こうに生きて来た日々

海の外に憧れ、そこにひたすら生きて来た。五大陸、四十数ヶ国に旅し、途中、サウジアラビアと米国に約八年間住み着いたものの、年月を重ねると望郷の念、止み難し。その四十有余年を振り返り長い旅を終えることとした。

Passport Control

 入出国審査での審査官の対応に訪問国の国柄が反映される、と勝手に思い込んでいるだけかもしれないが、随分と違いがある。

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 当局の指示によるものか、あるいは審査官個人の性格によるものか、いずれも有り得るだろうが、その国に対する印象が随分と変わってくる。初めて訪問する場合は特にそうであろう。もっとも複数回訪問しても同じ印象を持つ国もないではない。大体が不愉快な場合が多い。用を終えて出国する時にはその扱いにさして違いが無いのが不思議と言えば不思議である。いずこの国もお前達に出て行ってもらって清々する、ということでは共通の思いなのであろう。

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 それに入国時にはその後の荷物検査時(通関)の扱いに不快指数が増幅されるリスクも待っている。この二つの関門で不愉快な目にあった人の不快感はいかばかりかと同情する。出国するまでの間にその国で過ごした経験が悪印象を修正出来ることを願うばかりである。

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 審査官が男性であるか女性であるかによってもこちらの姿勢も変わってくる。女性の場合はもっとも緊張が走る。別にやましいことがある訳ではないが、男性に対してはよりその扱いが厳しそうな気がしてくるのである。女性そのものへの筆者の先入観があるのかもしれない。あの日あの時あの子に誤解されるようなことをしたからかもしれない。

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 不愉快さを順にリストアップすると、英国、英国、英国、そして米国である。不愛想さでは間違いなく中国、いい加減さでいくとサウジアラビアであり、異様さということになればイスラエル、といった印象である。

 英国の審査官は意地悪をしているとしか思えない。まるで自分の国に来て欲しくない態度がありありである。やたら不審者に対するような質問を投げかけてくる。あの人を小馬鹿にしたような英語を使って。

 米国は庶民的な米語であることが少しばかり救いであるが、英国と違い審査官の態度が横柄であるところが気に食わない。英国のように職業意識の高さが垣間見えない。かつアジア人や中南米人に対しては見下した対応をしているとしか思えないのである。劣等国から来た奴らとでも思っているのであろう。おのれが劣等していることに気付かない。そういう時に決まって頼もしく感じるのがインド人入国者である。首を左右に振り振り果敢に物申す。子羊のように大人しい日本人とは大違いである。流石、世界の隅々まで棲みついてきた図太さというものであろう。

 身なりには気を付けた方がいい。民族衣装や如何にも労働者然とした身なりで臨むと決まって意地悪をされる。これは概ね他の国の入国審査にも当てはまる。

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 中国の入国審査の状況はおよそ想像がつくのではないだろうか。審査官に一切の表情がない。能面の如くである。多分、皆、軍人なのであろう。感情が顔に見えないから不気味なのである。じろりと一瞥されるとまるで自分がスパイと思われているような気がしてくる。この国の女性の愛想の無さにはいつも幻滅するのであるが、入国審査官がその極地であろう。逆にそんな時にニコリとされたら間違いなく恋に落ちるのではないか。

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 サウジアラビアはまるで審査官に就業意識が欠如している。この国ほど入国審査で時間を潰される国はない。入国者は飛行機を降りたら入国審査場までまず走る。一人当たりの審査にやたら時間がかかるからである。一時間待ちは普通である。原因の多くは審査官にある。ダラダラと隣のブースと喋ったり、用もないのにブースを外したりと、溢れる入国者を前にしても執務を取る気がまるでないのである。入国者はそれを知っているから押し合いへし合いしてまずは列の前を確保しようとする。

 サウジアラビア人は別格である。悠々と歩いて自国ラインに並ぶ。待たされることはない。外国人のラインが立錐の余地なく延々と続いていようとお構いなしである。この自国民ラインに人が途切れようと利用させる気は無い。そもそも労働という言葉を理解していない。審査官が一様に働いているようにはみえない。安楽に暮らせるこの国の手厚い制度が悪い。

 入国者を家畜の様に扱うが、本当は彼らが国家の家畜の様なものだ。審査が済むとパスポートを放り投げて返す。仕方ない通してやる、といった態度である。

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 これに続く荷物検査はもう成るようになれ、という心境にさせられる。全ての入国者は荷物を広げられる。スーツケース内のすべてのものを調べつくす。いや調べている風に見えるだけで未だ見ぬ外国の品々への興味だけなのである。週刊誌が見つかろうものなら、もうしげしげとめくって見入る。文字ではない写真を見る。いろいろな情報に飢えているのであろう。ヤバい、グラビア写真が載っている、と思って冷や冷やしたものである。この国では肌を見せるのはご法度である。

 泥棒に荒らされたかの如くになって散乱した持ち物は入国者があらためてスーツケースに自らしまいこまないといけない。荒らした本人には全く手助けする気がない。さっさとやれ、といった態度なのである。ここで更に時間を潰される。人相が悪いと別室に連れ込まれる。裸にされて隠し持っているものはないか調べられるのである。筆者はこれだけは経験することはなかった。人相は上々であることに感謝した。

 そしてイスラエルである。エジプトのカイロからテルアビブに飛ぶことにした。なんと、審査官の手下どもがカイロまで出張ってきてあれやこれや、矢継ぎ早に、言葉の機関銃のごとく、質問を連射する。キブツから派遣されてきた(と教えられていたが確認した訳ではない)若い生粋のシオニスト達である。男女二人がかりで質問を浴びせてくる。もう彼らは国家への忠誠心の塊だか容赦しない。出発地で人品を調べつくすのである。ここでテロリストを選別するという訳である。だからイスラエル入国時点では機関銃から単発銃に打たれるだけで済む。

 ここで重要なことがある。入国スタンプを押すか押さないか選択しないといけない。この国の周囲はアラブ諸国である。イスラエルは存在して欲しくない敵対国である。だからアラブの国々に駐在する人間にとってイスラエルに入国した事実は出来れば隠したい。だからスタンプを押さない選択肢がある。審査官も心得ている。押すのか押さないのか、を念押しする審査官もいる始末だ。不思議な場所に不思議な国が存在している。

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 二度と入国出来るか分からない。休日だったのでテルアビブからエルサレム死海のほとりまで日帰りしてみた。雇ったドライバーは腰に拳銃を装着しているから大丈夫、安心しろという。どういう国だ。

 エルサレムは山の頂上にある。どうしてだろう。そこまでゆるゆると登っていく。その頂上からエルサレム市を遠望してみる。稜線の西側は緑多く、東側は緑の全くない土獏と好対照の場所にある。古代のローマ遺跡の上に街の一部は建っている。

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 嘆きの壁はなんということもないレンガ造りの壁で神聖な雰囲気はまるでない。

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 イエスゴルゴダの丘まで十字架を担がされて歩いた行程を辿ってみたが、これも神聖というより出店の立ち並ぶ観光ルートである。行き着いた先に聖墳墓教会がある。イエスの墓と言われる場所の上に建っている。世界中のキリスト信者のあこがれの場所である。中に入るとイエスが十字架から降ろされ横たえらえた石造りになった場所がある。そこを撫でつつ、信者達が皆、涙涙なのである。異教徒がここにいてはまずい。早々に退散した。

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 死海には降りているという表現が相応しい。道路が段々と下っていく。途中で海抜ゼロメートル表示があり、それ以降は海抜マイナス430メートルまで更に下がっていく。因みにエルサレムの標高は800メートルである。

 わざわざここまで来たのだ。海水を嘗めてみたいと思った。ホテルの海水浴場に強引に入り込んで嘗めてみた。苦味が強いがなんということもない塩水であった。

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 昔はパスポートの入出国スタンプの押印スペースがなくなると増刷申請する必要があった。今は予め手数料を払うと増刷版を発行してもらえる。増刷版は更新時の最初から必要であった。なにしろ中近東やインドに行く場合は必ずビザの取得が必要になる。これに1ページを割く。それでなくても入出国回数が多い為に直ぐにスペースがなくなる。だから入国審査官には場所を指定して順番に詰めて押してもらうようこちらから指さすことになる。偶に嫌な顔をされる。

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 最近は顔認証システムで入出国にスタンプ押印が不要になったが、未だ何となくスタンプを押して欲しい気持ちが強い。まじまじと疑わしい目で見られても、つい、あれだけ毛嫌いしている審査官の前に立っている自分がいる。