海の向こうの風景

地平の更にその海の向こうに生きて来た日々

海の外に憧れ、そこにひたすら生きて来た。五大陸、四十数ヶ国に旅し、途中、サウジアラビアと米国に約八年間住み着いたものの、年月を重ねると望郷の念、止み難し。その四十有余年を振り返り長い旅を終えることとした。

トリスタンとイゾルデの国

 「トリスタンとイゾルデ」、西欧ではあまりに有名な古くより伝えられる恋愛物語である。イングランド南西部のコーンウォールの騎士トリスタンとアイルランドの王女イゾルデの恋物語である。そのストーリーは説明するまでもないであろう。ただ、本文には関係はない。その物語の生まれた地というだけである。

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 その入国審査官が世界でもっとも不愉快な英国に入ってみよう。EUはどの加盟国に入国してもそれ以降は、EU内のどの国に行こうと入国審査は不要であるが、英国だけは例外だった。シェンゲン協定に加盟していなかったからである。つまり国境審査と独自通貨(ポンド)を持つ。今はEUそのものからも脱退してしまった。偏屈と言えば偏屈な国である。まさにアイランダーである。英国連邦は現在でも54ヶ国、2億人もいるのだからEUなんて大した相手でもなかったのかもしれない。

 筆者にはドイツと同じ頻度で度々訪問したせいかもしれぬが、ドイツと同等に好きな国である。如何に入国審査で不愉快な思いをしたとしても、である。それだけ魅力的だという事である。同じ島国としての親近感もあるかもしれない。それにEUではこの国とアイルランド、マルタだけが車は日本同様に左側通行だからかもしれない。ドライブには助かる。因みにアイルランドは1922年の愛英条約で英国支配を脱した。マルタは未だ英国連邦の一員である。 

 英国はイングランドウェールズスコットランド北アイルランドの四つの国からなる連合王国である。中々に複雑な国柄でもある。残念ながらウェールズには行った事がない。国木田独歩の信奉する詩人ワーズワース湖水地方で有名である。北アイルランドも機会はあったものの行けなかった。アイルランド本国に渡ったから良しとしよう。

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 ロンドン、ニューカッスルグラスゴーエディンバラダンディーインバーネス、それにセントアンドリュース、ついでに隣国アイルランドのダブリンの地を踏んだ。セントアンドリュースだけは勿論、ビジネスはさておいてのゴルフの為だ。因みにロンドンでも有名なウェントワースでゴルフをしたが、似非ハンディでプレーしたのがまずかったか、以後、訪問しても新ルールが出来ていて出入り出来なくなっていた。

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 ロンドンは街並みが好きだ。大都会だが、落ち着く。都市景観にパリのような傲然としたところが無い。ただ公共交通料金が高すぎるのが難点だ。地下鉄は便利だが狭い。例の箱型タクシーは日本のタクシーのような快適性は期待薄だが、ドライバーの信頼性は日本並みといっていい。英国ではどこでも食事は諦めた方がいい。英国人がとうに諦めている。特に朝食に定番のソーセージの不味さは表現しようがない。曰く、インド料理が一番の地元料理だ。因みに英国ではグラスゴーがインド料理人のメッカで、皆、ここで本格的な真のインド料理を習う。

 国内移動は飛行機でもいいが鉄道がお勧めだ。何と言っても車窓の景色がいい。英国の田園風景は本当にいい。大陸側にはない風景がある。ロンドンからスコットランドエディンバラへは4.5時間の長旅であるが、それでも飽きないだろう。ただ冬季は勧めない。雪は少ないが寒々とした曇天が車窓から生気を奪ってしまう。

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 イングランドの田園はエンクロージャーのお陰で羊の放牧地に変わった。毛織物産業の興隆で地主(今でも貴族の領主であるが)が羊毛に資金を注いだのである。お陰で森が乏しいが、なだらかな丘陵の連続は牧歌的で美しい。それに未だ各地にその領主が城館に住んでいて景観と文化を維持しているのも英国的だ。

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 スコットランドはローランド地方とハイランド地方に別れる。特にハイランド地方の地形は独特である。西側は氷河に侵食されて山々と島々が凝集している。山肌には木も生えない荒々しい世界だ。内陸に入ると森林に覆われるが中央が南北にナイフで切り裂かれたような溝を作っている。この溝の一部がネス湖になっている。

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 スコットランドでは氷河が削って出来た湖が多い。地元ゲール語でロッホと言う。ロッホ・ローモンドがその歌とともに有名である。スコットランドには日本人に歌われて来た民謡が多い。アニー・ローリー、故郷の空蛍の光。君にはロッホ・ローモンドの詩を贈ろう。故郷を離れた若い兵士が美しい故郷を思う歌である。

 この地はなんといってもスコッチだろう。酒好きには去り難い地だ。グラスゴーまで降りて来て地元で愛されるスコッチバーに招待されたことがある。壁中に数えきれない種類のスコッチが置いてあった。スコッチの利酒を楽しんだ。これが下戸にも美味い。その店の壁に掛けてあったスコッチのフレーバー・マップが下図だ。

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 その東にあるスコットランドの首都エディンバラは英国の中でもその雰囲気がもっとも好きだ。旧市街のローヤル・マイルを歩こう。古代ローマ軍はここまで来た。属州ブリタニアグレートブリテンの始まりだ。だがその抵抗の激しさと厳しい地形が故にこの北方にあるハイランド地方は遂に制覇出来なかった。まるで我が佐伯地方のようなところなのである。残念ながらハリー・ポッターには会えなかった。

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 もう、そろそろこの地を英国から独立させてあげたらいいんじゃないか。自分がEUから抜ける我儘を通せる位なんだから。

 

 アイルランドは英国の支配に苦しんだ。ここではクロムウェルは悪虐非道の輩だ。アイルランド人はこの人の為に辛酸を嘗めた。ダブリンのトリニティ・カレッジには国宝の「ケルズの書」がある。世界で最も美しい本と言われる8世紀に作成された聖書の手写本である。5世紀、この地に聖人聖パトリックがキリスト教を広めた。アイルランド系移民の多い米国でも聖パトリックデーを盛大に祝う。マンハッタンの聖パトリック教会にその名が残る。

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 小さな国だが偉大な文化人を数多く排出した。イェーツ、オスカー・ワイルドバーナード・ショージョイス、キリがない。

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 ダブリンはギネスビールの誕生の地でもある。ギネス・ストアハウスで一杯飲もう。イゾルデが待っている。

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了