海の向こうの風景

地平の更にその海の向こうに生きて来た日々

海の外に憧れ、そこにひたすら生きて来た。五大陸、四十数ヶ国に旅し、途中、サウジアラビアと米国に約八年間住み着いたものの、年月を重ねると望郷の念、止み難し。その四十有余年を振り返り長い旅を終えることとした。

はるかなり土漠行(5)リヤド徒然記 1994.02.03記

<1994年サウジアラビア駐在時の随想を原文のまま転載>

 

 首都リヤドから東部アラビア湾に面するアルコバールまで車を駆って往復することしばしばであるが、片道400Km、所要3時間超の土漠行はさしも文明の利器にても疲労困憊す。道行き目を楽しませてくれるものとて無い、この殺伐とした光景に、しかし、何度通っても見飽きることが無いのも不思議なことである。

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 因みに、飛行機から見下ろすと赤茶けて広がる無限の圧倒的な土漠を前に、この道路のなんと心許ないことか。この土漠の中に自身捨て置かれた状況を想像すると、唯一本のこの道路が俄かに文明との紐帯を強く感じさせてくれることに驚く。

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 延々と土漠が続き、地表の色はただ単色で、視界の8割以上は虚空である。遠方を走るコンボイが陽炎の中に静止して見える。エンジン音とスピード計のアラーム音が車の中に充満しつつも、この無機質の光景を前に頭は既に音を感知しなくなる。

 

 夜になると漆黒の闇を数多の星の天蓋が覆い、虚空が一転、五月蠅いほどに煌めき始め別世界が訪れる。悠久の宇宙が身近に降りてきて、壮大な精神に触れた気分になると、また、頭の中から一切の音が消え去っていく。

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 この驚異の自然を相手に、送電線、送水管が延々と王都リヤドへ続いているのもその建設に思いを馳せれば、また、壮挙と言えなくもない。がしかし、ラクダが唯一の移動手段であった昔日の隊商を偲ぶとき時、この土漠を横断していった人間の行為は更なる驚きである。いや、この無機質の土漠の中から今もラクダや山羊の遊牧民が突如として現れてくると、その生活の営みにこそ究極の脅威がある。

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 高々リヤド、アルコバール間の話である。リヤド、ジェッダ間、900Kmとなるとその古の人間行為は想像を絶するものとなる。この隊商ルートに横たわる自然は更に荒々しく、まさに岩塊を乗り越えての土漠行となる。飽きぬ土漠行は、まさに直接映じる光景の中にあるのではなく、この過酷な自然に暮らしてきた人間達に思いを馳せているからだと得心した。

 

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              (砂漠のレイムダック

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  • サウジアラビアに暮らすにはドライバーと自動車は不可欠である。自分で運転して事故を起こせば有無を言わさず、まずは刑務所に直行ということになる。相手がサウジ人だと猶更である。悪いのは決まって外国人となる。また、サウジ人の運転マナーが実に良くない。まるでラクダを操っているかのごとくハンドルを手綱のごとく扱い、右往左往することに頓着しない。よって休日以外は自分では運転しなかった。
  • 筆者の運転手はイエメン人であったが、家内は気に入っていたが娘は全くなつかなかった。まあ確かに風貌は悪人然としていたが、根は実に優しい男であった。妻は日本に連れ帰りたいとまで気に入っていた。それはそうだ、主人が働いている間、ショッピングに、結構、勝手に使い回していた。
  • 車はGMの大型乗用車であった。大型車は危険回避のために必須条件でもあった。とにかくどいつもこいつもスピードを出す。ただ、エアコンの効きがさんざんだった。この糞熱い地ではエアコンがすべてに優先される。車の中で汗たらたらは情けない。サウジでは米車がstatusでそれ以外の選択肢が乏しかった為、止む無しであったが、やはり米車は品質が今一つであった。
  • この車で東部のアルコバールまで再三通った。無論、通常は飛行機での移動が主体ではあったが、予期しない出張となると、やはり車が便利であった。流石に西部のジェッダまでは車では遠すぎた。
  • サウジ国内移動は当然のことながら、中東各国への移動は大概はサウジアラビア航空を利用した。ただ操縦が荒い。着陸時が特に不安だった。急降下する。ジェット戦闘機乗りだからだと噂された。それにエンジンが砂を吸い込んで墜落する危険性があるなど、嫌な噂を吹き込まれていた為、飛行機を利用するのは常に躊躇した。乗客同様、離着陸の時は安全を祈ったものだ。イスラム教徒は旅立に際しては必ず祈る。驚くことに、お祈りの時間に当たると機内でもメッカに向いて通路でお祈りする。メッカの方向を聞かれても流石にこれは難しい。
  • CAは、当然、髭面の男である。海外便は女性CAが許されていたから、これは楽しみであった。機内では決まってアラビアンコーヒーとデーツ(ナツメヤシの実)が出された。これは筆者のお気に入りであった。